江戸時代の刑罰「入墨刑」が恥ずかし過ぎる…(画像あり)

warotter(ワロッター)

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江戸時代の罪人が科せられる刑罰「入墨刑」の精神的ダメージがハンパない…これは現代にも復活させるべき。

「入墨刑」とは、江戸時代中期、都心部に人口が集中するのに伴って増加していた犯罪を抑制する目的で新たに導入された刑罰の一種。主に、軽い盗みを働いた者などが対象になっていたそうで、刑罰としては軽い量刑の扱いだったようです。しかし、現代ほど技術の発展していない江戸時代において、入墨を消すということは簡単なことではなく、「犯罪者を区別する」という点において、入墨刑は抜群の効力を発揮していたようです。

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image credit:dangerousminds.net

そして、そんな見せしめとしての意味を持つ入墨刑は、その罪人がどこでどんな罪を犯したのかが分かるように、地域によって、デザインや入墨を入れる場所が違っていたのだとか。

2. 鹿児島なら丸形、山口ならひし形、滋賀なら一本線、といった具合に一目で違いが分かるようになっている。

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しかし、この入墨刑の本当の辛さは「顔面」にも恥ずかしい入墨を施されてしまうというところであり、また、その描かれる絵柄のバリエーションの豊富さは、もはや楽しんでいるようにしか思えないレベル。

江戸の場合は額に「悪」の一文字、熊本で喧嘩をすると「刀」の絵文字など、なんだかちょっと格好良さげなモノまで。

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その中でもユニークなのが、広島の入墨刑。初犯では「一」の字が彫られ、再び罪を犯すと「ノ」が加えられ、三回目には「犬」の字が完成するという三段構えの入墨刑になっている。

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入墨刑を科された者の中には、上から違う模様を彫り足して入墨刑の跡を誤魔化そうとしたり、熱した鉄で入墨を焼きつぶそうとした者もいたそうですが、そういった者達には罰として新たな入墨刑が科せられていたそうです。ちなみに、入墨刑は町人にのみ適用され、武士が入墨刑を科されることはなかったのだとか。

引用元:WER

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