【恐怖】重罪を犯しながら”釈放”されている猟奇的殺人者5選(画像あり)

warotter(ワロッター)

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残忍かつ凶悪な事件を起こしながら自由の身となっている殺人者のご紹介。こんなことが許されるのか…

凶悪な罪を犯した犯罪者の全てが、罪の意識に苦しんでいるとは限りません。また、それらの犯罪者が捕まったとしても、罪に問われることもなく日常生活へと戻っていくケースも珍しくありません。私達の法制度には抜け穴が存在し、曖昧な基準に満たされています。その結果、多くの猟奇的殺人者が、自由に街を闊歩しているのです。

1. 李偉光(ヴィンス・リー)

2008年、彼は同じバスに乗っていた乗車客のティム・マクリーンを刺殺しました。2人の間に面識はなく、他の乗客が恐怖に駆られ逃げ出す中、李はティムの首を切断し、その肉を食らっていたそうです。この恐ろしい事件は世界中で大々的に報道されましたが、事件からわずか8年後に李は釈放されました。

李がこれほどまでに早く釈放されたのは、彼に精神障害が認められたためであり、彼は刑務所の代わりに精神病院へと送られました。結果、精神治療が完了したと認められた李は2016年に釈放されました。釈放の唯一の条件として、毎日の投薬治療をチェックされることが義務付けられていましたが、2017年2月現在ではそのチェックが行われることもなくなり、彼が本当に投薬治療を続けているか確認する術はありません。

この事実を聞かされたティム・マクリーンの母親は、「話すことはありません。もう言葉も出ない…」とコメントしています。

2. Mitchell Johnson And Andrew Golden(ミッチェル・ジョンソンとアンドリュー・ゴールデン)

1998年3月24日、ミッチェル(13)とアンドリュー(11)は、3挺のライフルと4挺の拳銃を祖父の家から盗み、アーカンソー州ジョーンズボロにあるウエストサイド中学校すぐそばの森へと向かいました。彼らはその学校に通う生徒でした。

ミッチェルは銃を構え森で待機、アンドリューは学校の非常ベルを鳴らした後にミッチェルの元へと合流しました。すると2人は、非常ベルによって校庭へと出てきた生徒や教師に銃を発砲し始めました。これによって4人の生徒と1人の教師が死亡し、10人が重傷を負う大惨事となりました。

ミッチェルがこのような行為を働いたのは初めてのことではなく、彼は事件の1年前にも2歳の少女を虐待した過去があり、また、今回の銃撃で狙われたのも全員が女性でした。

彼らが早々に釈放されたのは、彼らの年齢が原因でした。同州の法律で彼らに与えられる唯一の刑は、彼らを21歳まで少年院に留めることのみだったのです。その結果、皮肉にもアンドリューは、ミッチェルよりも2年多く刑に服することとなりました。

3. 釈放されたミッチェル・ジョンソン

ミッチェルは釈放されて以来、銃やマリファナの不法所持など、数々の罪状で刑務所を出入りしていますが、現在の2人は自由の身となっています。

4. Pedro Lopez(ペドロ・ロペス)

ペドロは人生の中で14年間を刑務所の中で過ごしてきました。彼は完全に自由の身であったという訳ではなく、一見すると厳しい罰を受けているようにも思えますが、彼は”300人以上の少女に性的暴行を加えた後に殺害”しています。

犯行には9~12歳程度の幼い少女が集中的に狙われ、ペドロは少女らを誘拐した後に性的暴行を加え絞殺、少女らの死体は建築現場や森の奥深くに埋められました。1980年、エクアドルで逮捕されたペドロは自らの犯行を自白し、彼には16年の懲役刑が科されました。しかし、刑務所内で模範囚に選ばれたペドロは2年の減刑処分を受け、14年の刑期を務めた後に釈放。その後は精神病院へと送られ、3年間の精神治療を受けた後に完全に自由な身となりました。

その後の消息は不明ですが、一説には被害者遺族の手によって殺害されたとの噂が囁かれています。

5. Karla Homolka(カーラ・ホモルカ)

カーラ(写真右)とポール・ベルナルド(写真左)は、カナダ史上最も凶悪な連続殺人犯の2人に数えられています。彼女らは少なくとも3人の女性を殺害したことを自白していますが、実際にはそれよりも数多くの女性が殺害されたと考えられています。

彼らの犯行は想像を絶するほどの恐ろしいものでした。驚くことに最初の犠牲者となったのは、カーラの実の妹だったのです。カーラは、当時10代の少女であった妹に薬を飲ませ、婚約者であり共犯者でもあったポールと共に彼女へ性的暴行を加えた後に殺害。それらの様子はビデオカメラで撮影され、カーラは、実の妹を婚約祝いのプレゼントとしてポールに差し出したのでした。

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その後も2人は、同様の手口での数多くの女性を殺害しました。事件が発覚し2人が逮捕されると、ポールには終身刑が言い渡されましたが、犯行の自白を理由に嘆願書の作成を要求したカーラには減刑が認められ、12年間の懲役判決が下されました。釈放後、カーラは結婚して3人の子宝に恵まれ、カナダ・ケベック州で暮らしていると言われています。

7. 佐川一政

海外でも有名な日本の殺人鬼、佐川一政が起こした事件は近代でも最も凶悪な殺人事件の1つに数えられています。

1981年当時、フランス・パリの学校に通っていた佐川は、何年間も抑えつけていた食人欲求をついに開放してしまいました。佐川は、同じ学校に通う同級生であった女生徒を自宅アパートへと誘い込み、首を銃で撃ち殺害。彼女の死体から臀部と大腿部の肉を切り取り食した後、すでに動かなくなっていた彼女に性的暴行を加えたのです。

その後、女生徒の死体を解体しスーツケースに詰め込み、湖へと遺棄しました。事件が発覚し逮捕された際には犯行を認め、「私は彼女を殺して食べました」と話しています。

精神鑑定の結果、フランスの裁判所は、犯行時の佐川は心神喪失状態にあったと判断し、彼は不起訴処分となりました。その後、日本に送還された佐川は精神病院へと強制入院させられますが、同病院は「佐川は精神病患者ではなく人格障害者であり、刑事責任を問われるべきだ。」と主張しました。日本警察も同様の考えを持っていましたが、フランスの裁判所は、「一度でも不起訴処分となった佐川の捜査資料を引き渡すことは出来ない。」とし、日本の裁判所は佐川を放置することしかできませんでした。

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自由の身となった佐川は、各種メディアのインタビューに堂々と答え、本の執筆さえ行っており、佐川と作家・唐 十郎のやり取りを書籍化した作品「佐川君からの手紙」は芥川賞を受賞しています。

とあるインタビューでは「もう1度、人間の肉を食いたいという気持ちは間違いない。とても美味いんだよ」と語り、食人欲求が消えていないことを公然とアピールしています。

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引用元:世界一☆コム

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