男性のアレがモチーフだった!?節分の「恵方巻」驚きの起源がこちらwwww

warotter(ワロッター)

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2月3日は、節分の日。かつては、鬼を払うために豆まきをし、歳の数だけ煎り豆を食べる「大豆を中心にしたイベント」だったが、最近は妙に「恵方巻」を推しているのを目にするようになった。

恵方巻は、そもそもは関西の風習。その年の幸福をつかさどる歳徳神のいる方角=恵方を向いて、心に願いごとを思い浮かべながら、ひたすら無言で太巻き1本を丸かじりするというもの。今年は「西南西」の方角を向くと良いのだそうだ。

とはいえ、なぜ節分に太巻きを丸かじりしなくてはならないのだろうか。とくに女性ならば、「食べにくいから切り分けたい」と思う人もいるのでは?

そこで、恵方巻が「太巻き丸かじり」になった、驚きの起源をご紹介しよう。

 

■ルーツは大阪にあった遊郭での「セクハラ」

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Photo by Mike Licht on Flickr

恵方巻の誕生は、江戸時代末期。元々、大阪・船場の商人が、商売繁盛、無病息災、家内安全を願った行事が始まりなのだとか。

船場の花街、当時の「風俗街」では、節分になると遊女たちに巻寿司を丸かじりさせることが流行。商人たちは、太巻き寿司を男性のアソコに見立て、女たちがそれにかぶりつくさまを楽しんだ。

恵方巻のルーツは、そんなセクハライベント。「巻き寿司を切らず一本丸ごと食べるのは『縁を切らない』という意味が込められている」などともっともらしいことが言われるが、その頃は、遊女がぶっとい太巻きを頬張る姿を男たちがいやらしい顔で眺めていた行事に過ぎなかった。

しかし、不思議なことに「節分に遊女が太巻を丸かじりすると縁起が良い」と言われるようになり、願いごとが叶うというウワサが流布したのは事実。次第に、大阪から関西圏へと広がっていった。

 

■全国的なブームのきっかけはセブンイレブン

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とはいえ、男性のアレが発祥のイベントがすぐに一般家庭で行われるわけもなく、流行は関西の花街のみに限られていた。状況が変わり始めたのは、1932年のこと。

大阪鮓商組合が、2月という比較的ヒマな時期に寿司を販売しようという思惑から「巻寿司と福の神 節分の日に丸かぶり」と題したチラシを配って恵方巻を宣伝。平賀源内が、鰻が売れない夏の時期に「土用丑の日」をつかってPRに成功したのに似ている。

こうして、徐々に恵方巻は大衆化。そして、1998年にセブンイレブンが「丸かぶり寿司 恵方巻」という商品を発売すると、全国のスーパーやコンビニ、デパートも追随。関西の花街で生まれたエロ行事が、子供たちまで巻き込んだ世間一般のものとなっていった。

 

■豆だと100円→寿司だと…

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Photo by T.Hagihara on Flickr

もはや全国区になりつつある恵方巻きだが、関西にゆかりのない人の中には「企業によるゴリ押し」と感じる人もいるかもしれない。

あるコンビニでは、歳の数だけ食べる用の「福豆」は1袋100円(税込)、恵方巻きは420円(税込)で売られている。節分という比較的地味な年中行事に、売るものの値段が4倍以上になるとしたら、企業がマーケティングに力を入れるのも仕方のないことかもしれない。

とはいえ、どんなイベントでも楽しんでしまう日本人は、そんなルーツも背景も気にせず、今年も恵方巻にかぶりつくことだろう。なんとも不思議なものである。

(文/しらべぇ編集部・アサトー)

引用元:しらべえ

 

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