【衝撃】嫁が誰かの子を妊娠していた。一年間、全力で出稼ぎ労働で働いたのに…勿論別れたが、俺が再婚をしようと籍を確認すると…

warotter(ワロッター)

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俺は再婚。嫁は初婚。 

俺の一回目の結婚は出来婚だった。 
二十歳そこそこの時に7つ年上の元同僚となんとなくで付き合ってるうちに出来ちゃってそのまま結婚。 
正直愛があったかと聞かれるとなかった。でも、子供をおろさせる気もなかったので責任とって結婚。 
元々ぷらぷらフリーターしてた身だったから、元嫁の親から同居を結婚の条件に出された。

それから1、2年は穏やかに暮らしてたと思う。 
しばらくして、子供のためにとにかく金が欲しくて、でも所詮学歴も職歴もない俺は肉体労働するしか道がなかった。 
考えた末、近県の寮付き三交代の工場で二交代分働いた。 
昼と夜の仕事時間に働いて朝の時間帯に寝るって生活な。二人分だから底辺工場でも結構稼げたよ。 
寮費と工場に備え付けの食堂で食べる飯代以外は全部仕送りした。今考えるとよくやってたなと思う。 
そんな生活を一年続け、一年ぶりに家族に会いに家に帰った(帰省代をケチって帰ってなかった)。 
元嫁妊娠してた。

誰の子だよwwwと草生やす余裕なんかなかった。そのまま家を飛び出し、工場も辞めた。  へたれといわれるだろうが、何も出来なかった。  元嫁は最後まで相手が誰か言わなかったし、離婚後も再婚しなかったから行きずりだったのかもしらん。  その後、数か月家出を続けたが、結局俺は家に戻った。  完全に無気力になっている状態で、日に日に俺に似てくる上の子供だけが心のよすがだった。  しかし、誰の子かも分からんまま俺の戸籍上の第二子が生まれてしばらく経った頃、子供を驚かせようと土産片手に縁側から家に上がろうとこっそり帰宅した俺の耳に元嫁と元嫁姉、元嫁友の会話が聞こえてしまった。  「あれはもう金運んでくるだけの奴だからw」  心が折れた。  その後、元嫁がごねたり一回は提出した離婚届を「破棄して下さい」と役所に電話してまた出し直すというハプニングもありつつ、記入済の離婚届けを置いて家出。  しばらくして「離婚届けを出した」という連絡が入った。  慰謝料は貰わなかった。養育費も払わなかった。子供に面会させろとも主張しなかった。 とにかく無気力で、特に意味はないがぞろ目が好きだったから、三十三歳にあったら自タヒしようと決めてそれからの数年は本当に好き勝手して生きた。  税金も年金も払わなかったし仕事も最低限遊べる程度しかしなかった。少しでも嫌になったらすぐ辞めた。  嫁に出会ったのは、自分で決めた人生の残りがあと三年に迫った三十歳の頃だった。  ふらりと寄った行きつけの店で店主と笑顔で話してた嫁が店に入った俺に気づいて軽く頭を下げてきた。  笑顔は可愛い、綺麗な子だなってのがその時の第一印象。今思えば一目惚れだった。  嫁が帰ってからすぐ店主に「今の誰?」と聞いた。  「嫁ちゃんだよ。Aの元カノの」  正確に言えば出会ったというより再会だった。  嫁は俺が一回目の結婚をする前から通ってるその店の常連A(俺知人)の元カノで俺も知ってる子だった。  といっても高校生の嫁しか知らなかったし、Aと別れてからしばらく店から遠ざかっていたらしく会うのは数年ぶりだった。  言われてみれば面影はあったけど、びっくりするくらい綺麗になっていた。

それからちょくちょく店に来るようになった嫁目当てに俺もこれまでにないくらい足繁く店に通った。  でも電話番号聞く事も出来ず、へたれな俺は「彼氏が出来ない」とぼやく嫁をからかったりしてばかりで好意を示す事が出来なかった。  そうして一年が過ぎた。  その間嫁に彼氏は出来なかった。言い寄られたりはしてたみたいだけど、何故か本人はいつも脈のない片思いばかりしてた。 俺はといえば適当に言い寄ってきた女と付き合ったり別れたりを繰り返してた。本命には怖くてデートも誘えないのにな。  後から聞いたが、当時の嫁の俺に対する印象は最悪だった。まぁそりゃそうだ。  そんな中、ついに嫁の電話番号を聞く機会がやってきた。  「そういえば俺さんの連絡先知らないよねー。別に知らなくてもいいけど」という嫁の言葉に「なんでwそう言わずに交換しようよw」と言って半ば強引に交換した。  この機会を逃したらもう聞けないと思ったんだ。

それから、たまにくだらない話をするようになった。  話せば話すほど嫁の中身にベタ惚れしてく俺がいて、自分の決めた命の期限に未練がわいてきた。  「この子とだったら俺は生きていけるんじゃないか」と思ったんだ。  元嫁に言われた言葉もひさしぶりに帰った我が家でボテ腹の元嫁を見た時の絶望感も、彼女が居てくれさえすれば乗り越えられる気がした。  そうと決めてからの俺は我ながら押せ押せだったと思う。  適当に付き合ってた女関係は全部切り、俺の女関係を最悪だと思ってた割に警戒心の薄い嫁を飲みや食事に積極的に誘った。  来てくれたり来てくれなかったり、遠まわしに二人きりは嫌がったりだったけど何とかデートっぽいものを繰り返した。  そうして数ヵ月後に告白したが、答えは「ごめんなさい」だった。  正直いけると思ってた俺はショックだった。嫁は押しに弱いと思ってたし、基本さびしがり屋だからOKだろうって思ってたんだな。  それでも諦められなくて、相変わらず店に通いつつ告白しては「ごめんなさい」と繰り返し、それが十回を超えた頃、根負けしたらしい嫁にやっとこさOKを貰った。

その後、ひとり暮らししてた嫁のアパートに転がり込み押しかけ女房ならぬ押しかけ亭主になり頑として帰らなかった。  基本的に押しが弱くて優しい嫁は無理やり俺を追い出すことも出来ず、なし崩しに同棲が始まった。  綺麗好きでメシウマで一目惚れする程度には見た目も俺好みな嫁との生活は幸せだったが、根がまじめな嫁といつ死んでもいいとちゃらんぽらんに生きてきた俺との間には大きな隔たりがあった。  タバコ減らせって怒られたり酒を減らせって怒られたりちゃんとバランス良く飯を食えって怒られたりギャンブル辞めろって怒られたり少しは家事を手伝えって怒られたり。  でも、嫁が居てくれるなら苦じゃなかった。  それでも、嫁を怒らせたり泣かせたりする事は数えきれない程あった。 大体は俺がくだらない嘘をついたり約束を破ったり、俺が悪いのに嫁にそれを責められると逆ギレするという最低の喧嘩だった。  我ながら、嫁はよく俺を途中で放り出さなかったと思う。  そんな生活が続き、身長の割に体重がなく、ガリガリで顔色も悪くて体力もなくてキレやすく、夜に自信もなかった俺は変わっていった。  体型はまだやせ型ではあるもののみすぼらしくはない程度に肉が付き、顔色も人並みに。 顔つきが穏やかになって雰囲気も柔らかくなったと友人内での評判もあがった。  夜も週に一回もこなせなかったのが体力も性欲もついてきて回数も増え満足度も上がった。  死人のように生きてきた俺がどんどん人間になっていくようだった。  そんな時、溜めに溜めていた税金や年金の滞納が嫁にばれた。

真剣に俺と別れるか悩んだらしいが、結局嫁は俺のケツを叩いて役所に総額を確認させ、俺の給料を管理して毎月少しずつ、それでも確実にそれを返していってくれた。  あとから聞いたが、嫁のボーナスや貯金もだいぶ俺の返済にあててくれたらしい。  同棲当初から「結婚したい」と言っていた俺に「これが全部片付いたら結婚しようね」と笑ってくれた嫁の顔は今でも忘れない。  結局、返済には二年かかった。  総額は三百万以上。我ながらよく溜めこんだもんだと思うし、嫁はよく二年で返したなと思う。  俺は工場勤めで手取りが二十くらいだったし、嫁は嫁で自分の保険と年金払ったら月十万しかないくらいの給料だった。  事情を知った俺の母親が「嫁ちゃんに申し訳ない」と少し融通してくれた事を考えても、よく返したと思う。  そうしてようやく結婚、となった時、俺の母親から信じられない連絡があった。  「あんた、前の奥さんとの籍入ったままになってるよ」と。  意味がわからなかった。

確かに俺は直接離婚届を出しに行ったわけではないが、出したと連絡はもらったはずだった。  元嫁と別れて(別れたと思ってから)五年以上経っていた。その間、元嫁と連絡はおろか子供とだって連絡は取っていなかった。  とにかく、元嫁と籍を抜かない事には嫁と結婚出来ない。  それからは代理人に俺の母親と母親の再婚相手(父は死別)をたてて離婚の手続きと話し合いを進めた。  正直、今でもすっきりしないのだが元嫁が何を思って籍を抜かなかったのかは分からない。  当時はとにかく早く元嫁と離婚成立させたくて、それでも情けない事に絶対に元嫁とは会いたくなかった。  知らない間に不倫になっていたなんて、と可哀想なくらい泣いて憔悴してしまっていた嫁の事を考えれば焦りばかりが募った。  最後の方まで本人が来いとごねていたが、下の子供の小学校入学に合わせて名字変えた方がいいんじゃないですか、という俺母の言葉に渋々サインして俺母立ち会いの元、離婚届を今度こそ提出した。  そうして、ようやく嫁と結婚の運びになったんだ。  もう二十年以上前の話だが、少し前に職場の同僚に2ちゃんを教えられ書き込んでみたかったのと、来週が二十二回目の結婚記念日なのでぞろ目記念に書き込んでみた。  嫁は年食って肉としわと白髪が増えたが、相変わらずメシウマで笑顔が可愛くてこんなダメな俺の世話を焼いてくれる最高の嫁だ。

引用:bazzbazz

 

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