残酷過ぎる…血も涙もない、世界の恐ろしい鬼母5選

warotter(ワロッター)

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ほんとひどいな…

犯罪大国アメリカは、虐待大国でもあり、幼い子供が被害者になる痛ましい事件が後をたたない。

 全米児童虐待ホットラインによると、毎年、300万件以上の児童虐待が通報されており、600万人以上の子供たちが虐待の被害にあっていると報告されている。虐待により命を落とす子どもは、毎日、4人以上。

4歳以下の子供の死因の80%は虐待によるものだとも発表されている。

日本では母親の交際相手により虐待死させられる子供のニュースをよく耳にするが、アメリカやヨーロッパでも同様のケースはある。母親のエゴから子供を殺害する事件も珍しいことはなく、メディアが大々的に報じることも。

今回は、お腹を痛めて産んだ我が子を殺害した鬼のような母親の中から、世間を震撼させた「身勝手な鬼母 ベスト5」を紹介する。
第5位:ヴェロニカ・エレーナ 虐待死させた2歳の娘の遺体を他の子どもたちに命じ、焼却

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画像は、「huffingtonpost」より

2012年8月18日、アイダホ州ナンパ警察署に、29歳のヴェロニカ・エレーナが出頭。

「とんでもないことをしてしまった」「頭をうって死んだ娘を見て、パニックになり遺体を焼いてしまった」と自白した。

ヴェロニカは、「3日前に、トイレトレーニング中だった2歳になる娘ナキータがトイレから降りる際、誤って落ち、ヒーターで頭を強打した。しばらく横にさせていたが、息をしていないことに気がつき、パニックになった。その夜は車のトランクに毛布にくるんだ遺体を隠し、翌日ホームセンターでライターオイルを購入。庭のごみ焼却樽の中に遺体を置き、ライターオイルをかけ火をつけた。しかし、なかなか上手く焼けず、子供たちにゴミをたくさん入れて火の勢いを強めるよう指示。それでも焼き具合は悪く、さらにライターオイルを買ってかけたもののダメで、怖くなり出頭した」と説明。

「遺体を焼却しようとしたのは、ナキータが家で死んだことがわかったら、ほかの5人の子どもたちと離されると思ったから」だと主張した。

しかし、生前のナキータを診察したことがある小児科医が、「ナキータには、日常的に虐待を受けているあざや傷、火傷のあとがたくさんあった。おまけに栄養失調だった」と証言。

検察官は、「虐待により死なせてしまったため、遺体を自分で処理して、隠そうとしたものの、うまくいかず、怖くなった。出頭したのは、事故死だったと主張すれば罪が軽くなると計算したから。我が子を殺した挙句に焼くだなんて、とんでもない母親だ」と主張した。

今年9月10日、ヴェロニカは過失致死 、証拠隠滅罪などで禁錮30年の実刑判決を受けた。ナキータを虐待死させたことに関しては、決め手となる証拠がないため罪には問えなかったが、世間は「ヴェロニカはクロ」だと確信。

第4位:28歳の女性 「これ以上生んだら夫に捨てられる」6年の間に産んだ5人の赤ん坊を出産直後に殺害

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画像は、「ndtv」より

2012年9月27日、ドイツ当局が、出産した直後のわが子を殺害したとして28歳の女性(名前は非公開)を逮捕したと発表した。警察は、小さな港町フームズ近くの処理施設で2006年に発見された新生児の他殺死体と、2007年に駐車場で発見された新生児の他殺死体の捜査を行っており、DNA検査の結果、発見された2人は同じ両親を持つことが判明。

フームズ在住の夫婦からDNAを提供してもらうという捜査を始めたことをニュースで知った女性は、自白を決意。警察が自宅捜査した結果、地下室から新たに3人の新生児の遺体が発見されたため、女性は合計して5人の新生児を殺害した罪で逮捕された。

女性には8歳と10歳の子供がおり、比較的裕福な家庭を築いていたが、夫が生活レベルを下げるのを嫌がっていたため、「子どもが増えたら離婚されてしまう。私は捨てられてしまう」と心配。妊娠したことを夫や周囲に一切明かさず、自宅で2人、森で3人の赤ん坊を一人きりで出産し、それぞれ出産直後に殺した。

警察の調べに対し、夫は「妻が妊娠していただなんて信じられない。5回も1人で出産しただなんて、気がつきもしなかった。何も知らなかった」と呆然としていたという。

ドイツには親が育てられない赤ん坊を教会のチャリティー団体が引き取り、子どもをほしがっている夫婦に斡旋するというシステムがあるが、女性は「そのシステムを利用するには、どうすればよいのか知らなかった。面倒だった」としれっと回答。

2013年3月、裁判官は女性に対して禁錮9年の実験判決を下したが、あまりにも短すぎると欧米諸国から強い批難を受けた。

■第3位 リンジー・フィドラー ラリった勢いで生後10日の娘を洗濯機に入れ殺害

2010年11月、アメリカのオクラホマ州で背筋が凍るような新生児殺害事件が起こった。加害者は当時26歳だった母親のリンジー・フィドラー。薬物依存症だったリンジーは、覚せい剤でハイになった勢いで、生後たった10日しか経っていない娘、マギーを、汚れた衣服が入った洗濯機の中にほおりこんだ。そして、迷うことなく洗濯機を稼動させ、殺してしまったのだった。

実は、リンジーがマギーを妊娠したとき、彼女の身内は「ヤク中の彼女に赤ん坊の育児などできるわけない」として、裁判所に生まれてくる子の親権剥奪の申し立てをした。しかし、彼女は「大丈夫」だと主張。すでに5歳と8歳になる子供がおり、虐待は認められずに育っていたこともあり、申し立ては却下されてしまった。

産後、心配でたまらない身内は頻繁に様子を確かめに訪れ、事件発生当時も、家には叔母がいた。しかし、不幸なことに赤ん坊が洗濯機に入れられてしまったことに、気づけなかった。薬のやり過ぎで気絶しているリンジーを見て、叔母はパニックになり、マギーはどこにいるのかと家中探し回ったところ、洗濯機からゴツン、ガツンという妙な音がするのを聞いた。急いで洗濯機の蓋を開けてみると、そこには変わり果てたマギーがいたのである。

逮捕されたリンジーの体内からは、メタンフェタミン、アンフェタミン、ベンゾジアゼピン、アヘンなど、危険極まりないハードドラッグが検出された。検察は、育児放棄のほかに、第一級殺人罪で起訴したが、リンジーは「何も覚えていない」「薬をやっていないときは、ちゃんと育児をする、よい母親」だと主張したため、第二級殺人罪に下げられた。2011年10月、裁判所は育児放棄で禁錮15年と保護観察15年、第二級殺人で禁錮4年の実刑判決を下した。

薬でハイになっていたことで殺人の罪に対して緩い判決となったが、育児放棄したことが大問題だと見なされたのだ。オクラホマ州では育児放棄は重罪のため、模範囚になったとしても、リンジーは最低12年は刑務所で服役しなければならないと報じられている。

なお、司法解剖の結果、マギーの死因は溺死だと判明。どんなに苦しかったことだろうと全米が涙した。
■第2位 リアン・スミス 小児性愛者と築いた家庭の崩壊を悲観し、2人の子どもを窒息死させる

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画像は、「mirror」より

2010年5月17日、スペイン当局は、イギリス国籍の女性が、滞在していたスペインのミラマー・ホテルで、5歳の娘レベッカと11ヶ月の息子ダニエルを殺害したため逮捕したと発表。女性が語った、我が子を殺した理由に、世間は大きな衝撃を受けた。

女性の名前はリアン・スミスで43歳。彼女には前夫との間にもうけた、23歳のサラという娘と21歳のクリスという息子がおり、サラが6歳のときに3歳年上のTV催眠術師マーティン・スミスと知り合い事実婚状態になった。マーティンはサラとクリスに対して日常的に虐待を行うようになったが、リアンは見て見ぬふりをし続けた。

実は、このマーティン。ペドフェリア、つまり小児性愛者というとんでもない男で、サラは7歳から、家を出る18歳までの11年間、マーティンの性の玩具にされた。やっとの思いで家を出たサラは、母がマーティンの子を出産したこと、赤ん坊は女の子だったことを知り「私と同じ目にあってしまう」と苦悩。

2007年11月、妹を守るため、警察に出向き、マーティンがペドフェリアであること、11年もの間性的虐待を受けてきたと訴えた。警察は、すぐにマーティンに対する逮捕状をとったが、サラは「弟と母には、マーティンから性的虐待されてきたことを、自分の口から打ち明けたい」と懇願。警察は了承したが、娘の告白を聞いたリアンは、謝ったり、同情するどころか、「嘘つき。嘘つく子はアタシの娘じゃない」とサラを拒絶。マーティンと赤ん坊だったレベッカとともにスペインへ逃亡してしまった。

国際手配されていたマーティンは2010年5月、スペインの警察に逮捕され、イギリスの警察に身柄を引き渡された。リアンは、「イギリスに戻れば子どもたちがソーシャルサービスに連れて行かれてしまう。マーティンが小児性愛者だから、もう親子4人で暮らせなくなる。そうなる前に殺してあげなくちゃ」と、眠っているわが子の手足を押さえた上でビニール袋を頭にかぶせ窒息死させた。

ちなみにマーティンは警察に身柄を拘束された数週間後、拘置所で首を吊り自殺をしており、リアンは子どもだけでなく、愛する男も失ったことになる。

2012年7月、リアンは禁錮30年の実刑判決を受けた。しかし、彼女は判決を不服とし「サラのせいでわが子を殺害するはめになった、全部サラの責任」だと主張。今現在も「私は被害者。2人の子どもたちもサラのせいで死んだ。すべてはサラが悪い」とサラを責め続けている。

■第1位 スーザン・ダイアン・イーバンクス 自分を捨てた男たちへの復讐に4人の息子を射殺

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画像は、「murderpedia」より。

1997年10月26日夜、全米を震撼させたおぞましい事件がカリフォルニア州サンディエゴで起こった。33歳のスーザン・ダイアン・イーバンクスが、14歳の長男ブランドン、7歳の次男オースティン、6歳の三男ブラハム、4歳の四男マシューの我が子4人全員を銃で撃ち殺したのだ。

彼女は自分の腹部も撃っていたため病院に搬送。5日後、第一級殺人罪で起訴され、1999年8月に死刑判決が下された。

事件当日、スーザンは同棲していたボーイフレンドと外で1日中酒を飲み、精神安定剤であるバリウムもキメていた。

帰宅する車内で2人は口論となり、ボーイフレンドは「お前とはもうやっていけない。出て行く」と宣言。スーザンは「そうはさせるか」と怒り狂い、帰宅直後に車のタイヤをパンクさせたため、彼は警察に通報。警官の立会いのもと、荷物をまとめて家を出た。

家を出る際、スーザンは「子どもを殺す」と呪文のようにつぶやいていたとのことで、ボーイフレンドは、4兄弟の父親の1人に電話をし、「彼女の精神状態はヤバい。子どもが危険だから気をつけろ」と警告。心配した父親は警察に「様子を見てきてほしい」と依頼。駆けつけた警官は、ヒステリックに泣き叫ぶ声を聞き、急いで家に入った。

そして、頭を撃ち抜かれ血だまりの中で息絶えた3人の子供たち、頭に銃創を負い瀕死状態の幼児、腹から血を流して「助けて」と叫ぶスーザンを発見した。虫の息だった末っ子のマシューとスーザンは病院に救急搬送され、スーザンはじきに回復したが、マシューは死亡。なお、家には5歳になるスーザンの甥もいたが、彼は無傷だった。

検察官は、ボーイフレンドらの証言から、スーザンが、自分を捨てた男たちへの復讐のために、テレビゲームに夢中になっていた息子たちの頭を次々と撃ち、殺したのだと主張。「男はみんな、アタシから去っていく。愛する人を失う悲しみと苦しみを、彼らも味わうがいい!」と叫んだスーザンの言葉に恐怖を感じたというボーイフレンドの証言に、陪審員は、スーザンが有罪だと評決。裁判官は死刑判決を下した。

自分のお腹を撃った理由についてスーザンは長い間沈黙を守っていたが、死刑判決を受けた後、「子どもたちのことは心から愛していたが、死んだほうがマシだと思ってしまった。心中を図ろうとした」と主張。

当時、うつ状態だったこと、飲酒しており精神状態がよくなかったこと、アルコール中毒の毒親に育てられたことなどの理由を並べたて、減刑を求めた。

しかし、検察官は「自分の腹部を撃ったのは、あわよくば第三者に襲われたと見せかけようとしたから。本当に心中しようと思ったのなら、子どもたちと同じように自分の頭を撃ったはずだ」と反論。裁判官も、まるで処刑するように我が子4人を次々と殺した罪は、死刑以外では償えないとスーザンの訴えを退けた。

スーザンは現在カリフォルニア州の女性刑務所の死刑囚監房に収監されている。

全米児童虐待ホットラインは、児童虐待は、人種、文化や風習、宗教、学歴、社会的地位関係なく、発生するものだと発表。虐待を受けた子どもの30%が、自分が親になったときに我が子を虐待するとも指摘している。

増加する児童虐待事件をなくすためには、どうすればよいのか。全米児童虐待ホットラインは、必死で解決法を模索しているが、外からは見えない家の中で起こっているということ、どんなに虐待されても耐え続けてしまう子供が多いことから、全ての児童虐待事件を把握するのは難しく、頭を抱えている。

親がストレスのはけ口として、我が子の虐待に走ってしまうケースも非常に多いとされている児童虐待。今回紹介したような、鬼母は今後もわんさか出てくるだろうと懸念されている。

引用元:iine-sinai

 

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